3-1.「論点整理」の特徴 「論点整理」の特徴として指摘しなければならない第一は、新保守主義的な論点が多数を占めているということです。総論の2と4、各論の1,2,5がこれに該当します。これらの中には、2005年11月に発表された自民党新憲法草案を作成していく中で削られたものも含まれていますが、各論の2のような、それらよりも右寄りの新しいものもあることが注目されます。
第二の特徴は、軍事・安全保障の問題をめぐって、集団的自衛権の行使を可能にするという目的は不変であって、それを実現するために必要な制度や国家の在り方について、詰めた議論をしようとしているということです。各論の3,4,7が該当します。検討事項が集団的自衛権の是非ではなく、そのあり方となっていることからもそうであると考えられます。問題となった各論の4についても、この文脈で理解すべきでしょう。
特徴の第三は、改憲への同意を調達しようとしていることです。総論の1と3が該当します。総論の1については、高校の社会科に憲法について学習することを必修化することなど以外に、自民党として高校生向けの教材を作成し、何らかの形で高校生に配布するということも検討されるでしょう。事実、衆院憲法調査会長を務めた中山太郎がPHP研究所から『未来の日本を創るのは君だ!15歳からの憲法改正論』という書籍を出版しています。総論の3については、憲法改正要件の緩和が、数ある改憲案の中で最大公約数であることに着目したものでしょう。
特徴として最後に指摘するのは、安倍政権が遂行しようとし、2007年参院選での自公惨敗によって挫折に追い込まれた明文改憲路線について、なんの総括も見られないということです。自民党の中で、同政権の改憲路線について反省の弁を述べた者がいないわけではないのです。例えば、自民党内で改憲案のとりまとめに中心となってあたり、衆院憲法調査会で他党との折衝にもあたった船田元は、2008年に出版した著書、『政界再編』(中央公論新社)で次のように述べています。
戦後政治は、この二つの相容れない勢力(引用者注 護憲派と改憲派)のぶつかりあいででき上がったといってもいいすぎではありません。しかし、わたしはこう思います。押しつけられたから憲法を変えようというのでは、今の憲法下で堂々と築き上げてきたわたしたちの生活はいったいどう評価されるのだろうか。評価されないとしたら、それはあまりにも寂しい話ではないか。(同書148~149ページ)
安倍元総理は就任当初から「戦後レジームからの脱却」というスローガンを掲げ、むしろ戦前の価値観に逆戻りするかのような印象を、国民に与えてしまいました。
先の戦争において、近隣諸国に被害を与えた日本の行為は、どう説明しても正当化することはできません。この行為を正当化することは、世界から非難されこそすれ、尊敬されることはありません。(同書166~167ページ)
このような議論が「論点整理」には全く反映されていないといっていいでしょう。
3-2.「論点整理」の背景 それでは、なぜ「論点整理」はこのような構成となったのか、それを検討してみましょう。大きくは2つの背景があると思われます。
一つ目は、リーマンショック以降の大不況によってよりあらわとなった社会統合の破綻や社会不安の増大に対して、新保守主義的な対応が有力視されるに至ったということです。小泉政権が行ったような構造改革急進路線が採用できないだろうというのは政界での大方の合意だと思われますが、それに代る路線として、三つほどあげられます。ちなみに、「大方の」と言ったのは自民党内のいわゆる上げ潮派やみんなの党を意識してのことです。
第一の路線は、構造改革漸進路線です。これは、福田・麻生政権、現政権中枢が行った、また行おうとしているものです。構造改革の痛みの部分には一時的な財政支援をしつつ、構造改革を可能にするような制度(消費税増税、地方分権など)を作っていこうというものです。第二の路線は、利益誘導復活路線です。これは民主党内の小沢派や国民新党が採ろうとしているものです。そして第三の路線は、国会内で占めている勢力は小さいものの、それに対する潜在的要求は大きいと思われる新福祉国家路線です。
自民党からすれば、第一の路線では現政権と同じで、しかも総選挙に負けた麻生政権とも同じものですから採用できません。第二の路線は、小泉政権時代に放棄したものであるし、採用すれば「古い自民党に戻った」と叩かれるのは明らかです。第三の路線はもってのほかでしょう。残るものがなくなった結果、新保守主義路線が採用され、「論点整理」にも反映されたのではないかと思われます。
もちろんこれだけでは説明がつきません。第二の背景としては、昨年の総選挙で自民党が敗北した影響を指摘しないわけにはいきません。船田元も、中山太郎も昨年の総選挙で落選してしまいました。朝鮮半島問題では、日本は強攻策に訴えるべきではなく、朝鮮半島の非核化が必要だと主張する山崎拓も落選しました。憲法改正推進本部の全メンバーが不明なのでこれは推測ですが、推進本部内に、右へ走ろうとする新保守主義派にブレーキをかけられる人物がいなくなってしまったのではないでしょうか。「論点整理」の特徴として、改憲への同意調達をあげましたが、調達する相手として明示的に上げられているのが高校生だけで、改憲への行動提起としても改正要件緩和しか上げられていないことにも表れているようにも思われます。
なお、各論の6についてここで述べておきます。2004年11月に発表した憲法改正草案大綱で参院の廃止を打ち出したところ、参院自民党の猛反発をくらって大綱自体を取り下げたという騒ぎが自民党にはありましたが、07年参院選を経て、参議院はやはり邪魔なのではないかという議論が自民党内にあることを推測させます。
3-3.「論点整理」の現実的可能性 以上のような問題を抱える、新保守主義的な「論点整理」は果たして政治的な力をもつことができるのでしょうか?結論から言えば、政治的には無力でしかありえないというのが私の考えです。
まず、新保守主義の担い手として想定されている、伝統的なや地域というものが、もはやこの日本に存在していないということです。それを開発によって破壊してきたのは、他ならぬ自民党政治でした。構造改革は、これをさらに徹底するものだったのです。
さらに、安倍政権崩壊で明らかになったように、新保守主義路線は国民からの反発を強く受けます。その最大の理由は、新保守主義路線が復古的だとみなされてしまうことにありますが、復古的に見えない保守主義のあり方の模索は、これまで成功した試しがありません。そして、安倍路線への総括がない以上、そういう模索を「論点整理」から読み取ることはできません。
4.小括4-1.「論点整理」の評価 以上の検討を終えての私の「論点整理」に対する評価は、その問題性についてはきちんと認識すべきであるが、実現可能性は低く、過大評価はすべきでないというものです。徴兵制の導入が示唆されているという見方は可能ですし、そういう言い方は間違ってはいませんが、実際にそれが目指されているわけでは決してありません。
むしろ、このような新保守主義路線をとらざるを得ないところに、自民党の困難を見るべきでしょう。構造改革漸進路線の筆頭である与謝野馨が新党立ち上げを目指すという状況は、このことを反映しています。もし与謝野新党ができるとすれば、それは現政権の個々の政策で競争しつつ、消費税増税や道州制導入を明確に打ち出す構造改革漸進政党になるでしょう。
4-2.改憲論を見るときに気を付けるべきこと 今回、「論点整理」についての議論への問題点を指摘することから始めたわけですが、改憲論を見たり、批判したりする際には、次の点に気を付けてほしいと思います。
一点目は、改憲論の全体像をつかもうということです。そんなの無理だという声が聞こえてきそうですが、全体像をつかんでいるであろう人の著作を読んで、自分なりに学習すればいいわけです。私は、渡辺治がその第一人者であると思いますし、渡辺説を建設的に検討・批判することが重要であると、現在のところは考えています。
二点目は、改憲論の目的である現代の戦争について、きちんとした認識をもとうということです。特に、9条改正がなされた日本は、アメリカやイギリスと並ぶ大国の一員として参戦することになるということを、踏まえなければなりません。9条が変えられたら、日本は戦争に巻き込まれるのではありません。他国を、それも圧倒的に力の小さい国を、戦争に巻き込むことになってしまうのです。集団的自衛権行使を可能にして海外での武力行使をするということは、そういうことです。これを許すか否かが問われているのです。
三点目は、もし改憲論とは反対の立場に立つのであればという条件付きですが、今の政治が困難に直面している今こそ、戦争と構造改革に対向できる新しい路線を考え、実現する作業にぜひ加わってほしいということです。私は、その新しい路線が新福祉国家路線だと考えているわけですが、他にも様々な議論があっていいし、あるべきだと思っています。このブログがそのスタートになれば幸いです。